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カテゴリ:ゴム

ゴムの歴史|ゴムの基礎知識

2021.08.26 ゴムの歴史加硫原料ゴム天然ゴム

いまや私たちの生活に欠かせない「ゴム」。ゴムのはじまりとされる天然ゴムの発見をはじめ、イギリスやアメリカを中心としたゴム工業の発展とその技術を導入し、自主技術を確立するまでの我が国でのゴム業界の歴史など今回は、ゴムの歴史について詳しく解説していきます。

天然ゴムの歴史~ゴム発見の経緯

古来からメキシコ地方には、ゴムの木が多く生息していました。
ゴムの木が傷つくことで樹液が流れ、それが木の下などで固まることによって野生のゴムができます。昔からメキシコ地方の人々はこの野生ゴムを使ってボール遊びをしたり、簡単な器や水筒を作ったりして彼らの生活の中に自然に溶け込んでいました。

これを初めてヨーロッパに伝えたのがコロンブスです。
15世紀末にコロンブスがアメリカ大陸へ第二次航海の際、ハイチ島において原住民の子どもたちがゴムボールで遊んでいることを報告したのが始まりと言われています。コロンブス以降もゴムはヨーロッパ人によって持ち帰られるものの、ヨーロッパまでの長い船旅では、そのままの状態で運ぶことが出来ず、到着するまでに固まり生ゴムになってしまったり、温度が高くなると逆に柔らかくなりベトベトしてしまうというゴムの特質があるため、面白く興味深い物質というだけで、この後200年余りは工業的に使用されることはほとんどありませんでした。

16世紀になると鉛筆が作られるようになり、そこで書かれた文字が生ゴムの塊でこすると良く消えるということをイギリスの化学者プリーストリーが発見し、1772年、生ゴムを角砂糖大にカットして売り出すことで消しゴムがヨーロッパ中に広がりました。

さらに1820年には、スコットランドのマッキントッシュがラテックスをコールオイルで溶かし布地に染みこませることで防水布を作ることに成功しました。これが馬車の運転手に重宝され、雨の日の仕事が楽になったと大成功を収めるものの、夏になるとベトベト、冬になるとゴワゴワするという改良点もみられ、まだまだ使い勝手が良いと言えるものではありませんでした。

原料ゴムの歴史~加硫の発見

マッキントッシュによってイギリスを中心に発展していったゴム工業ですが、ゴムの特性である、夏はベトベト、冬になるとカチカチに固まるという「温度の影響を受けやすい」という問題点が解決されず、日々研究が進められていました。

そんな中1839年、アメリカ人のチャールズ・グッドイヤーが研究中、居眠りをしてしまい、彼のゴム靴に実験中の薬品がこぼれ、ストーブで加熱されてしまうということが起きました。翌日、目を覚ましたチャールズ・グッドイヤーは、ゴム靴の弾性が増大していることに気付き、偶然にも硫黄によってゴムが硬くなり、弾性を持っている加硫ゴムを発見したのです。

さらに1843年には、イギリスのハンコックが加硫ゴムの本質がゴムと加硫の化学結合の結果であることを発見し、これによりゴム靴や防水衣料、防振吸収剤、緩衝材などの生産が行われ、ゴム工業が急速に発展していきました。

また1887年には、スコットランドのジョン・ボイド・ダンロップによる空気入りタイヤが開発されると、三輪車に使用されるようになり、ガソリン自動車の発展によってゴムの開発も進んでいきました。工業用としてゴムの需要が拡大する一方で、タイヤの材料として天然ゴムが多量に使用されるようになり、利用価値は拡大し、供給不足となっていきます。そこでイギリスでは南米アマゾン流域でのみ採取されていたゴムの木を東南アジアに移植し、各地にゴム農園を作りましたが、産業の発展や戦争によって増々天然ゴムの需要は加速、天然ゴムだけでは限界を感じ、合成ゴムの研究も進められるようになりました。

天然ゴムに比べ合成ゴムの歴史は新しく、天然ゴムを独占しているイギリスに対抗するような形で生ゴムの入手が困難であったアメリカやドイツが中心となって合成ゴムの研究、開発が行われました。

1860年、G.ウィリアムズが、天然ゴムの構成単位であるイソプレンを取り出し、合成ゴムにとっては新しい時代が切り開かれました。さらに、戦争によって天然ゴムの代替欲求は高くなり、ドイツでは国家規模で合成ゴムの研究を行い、1933年ゴムの中でも多岐にわたる使用方法のあるスチレンブタジエンゴム(SBR)の開発、1934年に耐油性のあるニトリルゴム(NBR)の開発に成功し1940年代には合成ゴムの国産化を完了しました。
アメリカも1940年に高温での耐油性があるアクリルゴム、耐水性のあるブチルゴム(IIR)、耐摩耗性のあるウレタンゴム、食品や医療などの分野でも使用されるシリコーンゴムの開発を行っていましたが、第二次世界大戦後、日本軍によるマレー島、ジャワ、スマトラなどの占領によってイギリスからの天然ゴム輸入ルートが断たれ、ドイツからの合成ゴム輸入も困難となったことで、アメリカも国家管理の元、合成ゴム製造の研究を促進し、1945年には凡用合成ゴムの国産化に成功、1950年代にはフッ素ゴムや着色しやすい自動車や化学プラントに使用されるクロロスルフォン化ポリエチレン(CSM)が開発され、1954年には天然ゴムと同一の分子構造を持つイソプレンゴム(IR)の開発に成功しています。このように合成ゴムの発明の裏には、戦争との深い結びつきがあることがうかがえます。

日本でのゴムの歴史~ゴム業界

日本に初めてゴムが上陸したのは1853年ペリーによる将軍への献上品である「有線電信機」で電信機のコードが始まりだといわれています。
さらに日本のゴム産業の始まりにおいては、日本のゴム工業発祥の地である「東京・上野」、ブリヂストン、ムーンスター、アサヒシューズなど産業の発祥地である「福岡・久留米」、イギリスダンロップ社の工場として初の近代的ゴム工場が創業した「兵庫・神戸」の3つがゴム発祥地だといわれています。

第一次世界大戦により、日本のゴム製造技術は、飛躍的に進歩を遂げました。
さらに第二次世界大戦が始まり、軍用の製品を作らなければならず、合成ゴムが日本で作られるようになり、油用ホースやベルトなどに使用される「ポリクロロプレン」やホースや靴底に使用される「ブタジエンアクリロニトリルゴム」、高度の耐油性がある「多硫化系合成ゴム」などが作られるようになりました。
しかしながら、第二次世界大戦後、強制的に接収され、生産は完全にストップしてしまいます。

戦後、日本のゴム産業が発展し始めたのは1950年でタイヤや履物を中心として戦前の水準まで回復しています。
戦後は外国との技術連携により、日本へ合成ゴム工業技術を導入し、そこから日本の強みでもある独自の製造技術を確立することで、1960年~1970年代は黄金時代を迎えます。

  • 1957年 「合成ゴム製造事業特別措置法」が公布される。政府の出資金10億円を含む25億円の資本金で「日本合成ゴム(JSR)」が設立される。
  • 1959年 日本ゼネンがアメリカのグッドリッチ社から技術を導入し、工業用品や自動車部品によく使用されるニトリルゴム(NBR)、スチレン含有量が50%以上のハイスチレンブタジエンゴム(SBR)などのラテックスを生産開始し、合成ゴムの代表で何にでも使用できるスチレンブタジエンゴム(SBR)も生産される。
  • 1960年日本合成ゴムが、アメリカのグッドイヤー社から技術を導入しスチレンブタジエンゴム(SBR)、SBRラテックスの生産を開始する。その後ニトリルゴム(NBR)やハイスチレンブタジエンゴム(SBR)も生産開始される。
  • 「合成ゴム製造事業特別処置方」廃止。日本合成ゴムは民間会社となる。

合成ゴムのノウハウがほとんどなかった日本は、技術導入に頼らざるを得なかったのですが、独自に培った技術で自主技術を確立し、技術輸出をし、そのノウハウは世界進出できるまで発展しました。

歴史とのかかわりが深いゴムの発展

ゴムの始まりである天然ゴムがメキシコで発見されてから、20世紀、自動車の普及により、利用価値の拡大によってゴム生産の形態は大きく変化していきました。供給不足で合成ゴムが誕生しましたが、その発展には戦争が深く関わっており、歴史とのかかわりを強く感じます。日本においても戦争によって飛躍的にゴムの技術が進歩しましたが、アメリカやドイツに比べるとノウハウも少なく、技術導入するものの、独自に培った自主技術の高さにより、世界進出できるまでに発展しました。
今やゴムは、タイヤだけでなくその弾性を生かして多岐にわたり活躍しています。その陰には時代の変化に翻弄されながらも開発を辞めなかった技術者たちの努力がみえます。

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